東京高等裁判所 昭和42年(ネ)2089号 判決 1969年3月13日
理由
一 控訴人が本件手形第一、同第二の振出日欄に昭和四〇年一〇月一二日と補充したうえ、現にこれを所持していることは、当事者間に争いがない。
二 《証拠》を総合すると、つぎの事実を認めることができる。
(一) 被控訴会社代表者丁聖祚は、昭和四〇年一〇月一二日金融の便をうるため、訴外の上信興業に依頼し、同社を介して第三者から割引金を取得する目的で、同社において、振出日欄は白地として本件手形第一、同第二合計一一枚を同社にあてて振出した(被控訴会社代表者が右手形を作成したことは、被控訴会社の認めているところである。)。その際同社との間では首尾よく右手形が割引けた場合にはそのうちの半額は同社で利用してもよいとの約束が交わされていた。同社は砂利採取販売を営む会社であり、その社長は三浦敬雄であるが、敬雄の子三浦敏雄が事実上これを主宰し、敏雄の妻三浦宮子も事務員として働いていた。一方、三浦敬雄は、控訴人と共同で訴外東群建材興業株式会社を設立し、会長は三浦敬雄、社長は控訴人、専務は控訴人の子である山田谷司、常務は三浦敏雄等とする役員構成で同じく砂利採取販売業を営んでいた。
(二) 上信興業は、その日のうちに本件手形第一、同第二のうちの三、四枚(特定されえない)を、事務員である前記三浦宮子の手を通して、同社に来合わせていた前記山田谷司に渡し、その割引先を探してくれるよう依頼し、谷司はこれを持帰つて第三者に割引方依頼したが、うまくいかなかつた。前記三浦敏雄もまたそのころそのうちの二、三通を金融機関に持参し割引を依頼したが、割引をうることができなかつた。上信興業においてはこれらの手形を回収し手許に保管していた。
(三) ところで、控訴人は、上信興業からその裏書をえて訴外吾妻ゴム株式会社振出の約束手形六通額面合計金六〇〇万円を割引いており、右手形の満期は昭和四〇年一二月五日ないし同月二九日で当時はまだ満期が到来していなかつたが、振出人の吾妻ゴムが倒産してしまつていたので、控訴人は、上信興業に右吾妻ゴム振出手形の決済方を強く要求しており、前記谷司も子として右取立てに立働いていた関係から、控訴人は、被控訴会社振出の本件手形第一、同第二が他で割引けずに上信興業が所持していることを知り、上信興業に保証として右手形を手交するよう要求し、敏雄から上信興業の白地式裏書のある右手形の交付を受け、その振出日欄に昭和四〇年一〇月一二日と補充して現にこれを所持している。
以上の事実を認めることができる。前掲被控訴会社代表者は、右手形は割引けるかどうか分らなかつたので振出名下には代表者の個人印を押しサンプルとして作成したものにすぎず、割引ける場合には被控訴会社の正式の印を押しなおすことになつていた旨供述し、《証拠》によれば、なるほど、本件手形第一、同第二の押捺印は被控訴会社の取引用印鑑でないことが認められるが、手形振出にあたつては取引用印鑑を押捺しなければ振出としての効力を生じないものではないし、サンプルとして作成したにすぎず、後に被控訴会社の印鑑を押しなおすことになつていた旨の右被控訴会社代表者の供述およびこれに符合する右甲第二号証の記載は、前掲各証拠と対比してにわかに採用しがたい。また、前掲証人三浦宮子、同三浦敏雄、同山田谷司、前掲控訴人本人は、被控訴会社が本件手形第一、同第二を振出したのは、前記吾妻ゴム振出を前記丁聖祚が上信興業に持込んで、控訴人においてこれを割引いたものであるところから、被控訴会社は右吾妻ゴム振出手形について責任があり、その決済のためである旨供述する。しかしながら、(一)、前認定のとおり、吾妻ゴム振出手形には上信興業の裏書がなされているけれども、右手形である前掲乙第一二ないし第一七号証には被控訴会社の裏書がなされていないことが明らかである。もつとも、そのうちの三枚(乙第一三、一六、一七号証、この額面合計金三〇〇万円)には森田康男名義の裏書があり、当審における被控訴会社代表者の供述によれば、右乙第一三、一六、一七号証の各裏面にある森田建材株式会社名義の裏書記載とその抹消は被控訴会社の代表者たる丁聖祚が行つたものと認めることができ、右記載および抹消に用いられている印影と森田康男名下の印影が同一であることが認められるから、森田康男名義の裏書も前記丁聖祚が行つたものであると推認しうる(右認定に反する右代表者の供述は採用しえない。)のであるが、それにしても、これを被控訴会社の裏書と同視しうる証拠は全くないから、何故に被控訴会社がその責任を負わなければならないのかを詳らかにしえない。(二)、吾妻ゴム振出手形は額面合計が金六〇〇万円であり、その満期は昭和四〇年一二月五日から同月二九日までの六通であるのに対し、本件手形第一、同第二は額面合計が金五一八万円で、その満期は昭和四一年一月一五日から同月三一日までの一一通であつて、相互に一致するところがない。(三)、前記各供述のいうとおりとすれば、本件手形をとくに第三者に割引いて割引金を取得する必要がないはずであるのに、前認定のとおり、上信興業はこれを他で割引くべく努力を重ねていた。以上(一)ないし(三)の諸事情、その他前掲各証拠と対比すれば、右各供述はにわかに採用しがたい。
右認定の事実によると、被控訴会社は、前記目的のもとに本件手形第一、同第二を振出したものであり、控訴人はこれの権利者ということができる。
三 被控訴会社は、「控訴人は、本件手形第一、同第二振出の事情を知りながら、これを取得したものである。」と主張する。まず、右手形は、割引依頼のために振出されたにもかかわらず、上信興業はその割引金を被控訴会社に交付していないのであるから、被控訴会社は、上信興業に対して人的抗弁をもつて右手形金の支払を拒絶しうるべきことは疑のないところである。そこで、被控訴会社が第三取得者である控訴人に対し右抗弁をもつて対抗しうるか否かについてみるに、前認定のとおり、控訴人は、本件手形第一、同第二を吾妻ゴム振出手形の支払を確保するため取得したのであるから、もとより割引金等その対価を上信興業に交付していないものである。そして、右吾妻ゴム振出手形については上信興業が裏書しているから、控訴人が本件手形第一、同第二を取得した目的は、これによつて裏書人たる上信興業の責任を問うためというよりは、むしろ新たに振出人たる被控訴会社に対し請求権を取得するためであつたことが明らかである。前掲控訴人本人は、「右手形は吾妻ゴム手形が駄目になつたので、被控訴会社がその決済のために振出したものときいていた。」と供述するが、前叙のとおり、被控訴会社に吾妻ゴム振出手形の責任を負担させる根拠が明らかでないうえ、両手形の金額、満期の相違、本件手形第一、同第二は被控訴会社または上信興業が自ら進んで控訴人のところに持込んだのではなく、控訴人の要求でその手に帰したのであるが、その際控訴人は、これが割引のため他にまわされたがうまくいかず上信興業が所持していることを知つていたことと対比すれば、控訴人本人の右供述は、にわかに採用しがたい。そして、右のような事情に加え、前認定のとおり、控訴人は、上信興業と連絡を持ち右手形の割引方でも立働いていた前記山田谷司の父親であり、控訴人が社長をし、右谷司が専務をしている前記東群建材興業株式会社における上信興業の三浦敬雄、三浦敏雄との前記のような密接な関係からすれば、控訴人は、被控訴会社が右手形を割引依頼のために振出したものであることを知らないで取得したのではなく、むしろ上信興業の右両名から右手形の振出事情を知らされながら、吾妻ゴム振出の手形の支払を確保するため、割引金等その対価を交付することなく、あえて前記のとおり保証手形として取得したものと認めるのが相当である。前掲証人三浦敏雄、同山田谷司、前掲控訴人本人の各供述中右認定に反する部分は採用できない。そうだとすると、控訴人は、被控訴会社を害することを知りながら、右手形を取得したものというべきであるから、被控訴会社は、前記抗弁をもつて、控訴人に対抗しうるということができる。
四 そうであつてみれば、控訴人は、被控訴会社に対し、本件手形第一、同第二の手形金の請求権を有しないといわなければならない。したがつて、本件手形第一につき債務不存在の確認を求める被控訴会社の本訴請求は正当で、これを認容した原判決は相当であるから、本件控訴は理由がなく、棄却を免れない(ただし、原判決添付別紙目録が本判決添付別紙目録第一のとおり訂正されたから、原判決主文第一項について、本判決主文第一項但書のとおり訂正する。)。また、本件手形第一、同第二につき控訴人が当審においてした反訴請求は理由がないから、これを棄却すべきである。